「神の国のプリンセス」「地上の女神」という言葉につきまして その4

☆当記事はその3の続きです。

☆当連載の元記事はこちらになります。

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【 ★★★ 心に思い描くのは、ドラクロワが描いた女神、そして、聖母マリア様 ★★★ 】

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ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」
( Wikipedia からいただきました)

わたくしが、そんなふうに生きていらっしゃる、尊くも素晴らしい女性の方々
――自らのうちなるヴィジョン(「神から与えられた聖なるヴィジョン」「神のご計画」)をこの世において実現するために生涯を捧げる――
の理想像として思い描くのは、

ドラクロワが描いた「民衆を導く自由の女神」の絵であり、
また、あの有名な「不思議のおメダイ」の聖母マリアさまのお姿
――両腕を広げ、救いを求める人々を暖かく迎え入れるかのような――、です。

 

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どんな「罪人」をも暖かく迎え入れてくださる、「究極の愛の御方」、聖母マリア様。
西洋においては、各地で大変多くの方々が、マリア様への信仰をお持ちでいらっしゃいます。

自らのうちにあるものを信じ、その実現のために生きてゆくことは、並大抵のことではありません。

中には、人々に理解されず、そしりを受け、孤独のあまり、道を見失い、絶望の谷底に叩き落とされることだってあるでしょう。

それでも、うちなる神のお導きを信じ、たとえ世界中から後ろ指を差されようとも、

かけがえのない「神の子」 であり、「神の国のプリンセス」でもある自らを信じ、

うちなる神の語りかけを信じ、ただひたむきに信じる道をゆくとき、

そこに初めて、神の奇跡が起きる(=神の御業が発揮される)のだと、

わたくしは思います。

どこまでも自らを信じ、信じる道をゆくということは、

物凄い自己犠牲と献身、

そして、本当に揺るぎない強さ、芯の強さが求められるのですね。

そして、また、そうやって生きる方というのは、

大抵、時代の先駆者になられる場合が多いのですから、

自ら道を切り開いてゆくだけの度量も必要とされるわけです。

そうした、外柔内剛、芯の強さ、不屈の精神を持ちながらも、

どこまでも聖なる母性を体現するかのような、

女性特有の暖かさ、優しさ、柔らかさ、気高さ、尊さ、これら全てをあわせもってはじめて、

誇り高く美しい「神の国のプリンセス」「地上の女神」としての器が備わるのですね。

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【一度入ったら二度と降りられない、どこまでもどこまでも永遠に高みを目指す生き方】

mars-1754797_640今申し上げたように、このような生き方は、決して生半可な気持ちで成り立つものではなく、

また、一度その道に入ったが最後(笑)、

どこまでもどこまでも永遠に更なる高みを目指して、

ただひたすら懸命に自らの人生を生きてゆくことになります。

一般的に、ライフステージの変化も多い、女性の人生において、

神から与えられた道をどこまでも貫いてゆくのは、これまた難易度が高いことなのですが、

でも、元来、子を産み育てる性だからこそ備わっているはずの、

包み込むような優しさ、柔らかさ、暖かさを持っている、わたくし達女性が

その女神性、女神力とでも言えばよろしいでしょうか、

そうしたものをいかんなく発揮して、

この世に光をもたらすお役目を担ってゆくことは、

これからの時代を思うとき、とても大切であり、必要なことだと

わたくしは心から思うのですね。

そういう意味でも、

おひとりおひとり、目覚めた方たちが率先して、

それぞれがご自分のいらっしゃるところから、

決して滅私奉公ではない、

ノーブレス・オブリージュとしての人生を
(先に霊的に目覚めたものが、そうした御恵みを与えられたことに感謝し、先駆者として自ら進んで世に貢献するという意味での)

創造していっていただきたく、願うものであります。

前述のとおり、こうして生きる道は決して楽ではなく、

一度踏み込んだら最後、

どこまでもひたすら天の高みを目指して生きてゆくことになります。

ある意味、過酷な人生です。

それでも、うちなる神の御力をいただきつつ、

懸命に、天のご計画を実現してゆくための一翼を担えることは、

まさに魂の至福であり、

そうして生きる者にしか味わえない、無限の喜び、永遠の幸せを、

神様から与えられることとなるのです。

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☆この続きは その5 をご覧くださいませ。

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