「神の国のプリンセス」「地上の女神」という言葉につきまして その2

☆当記事はその1の続きです。

☆当連載の元記事はこちらになります。

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【キリスト教的な「罪の概念」にどっぷりつかっていたわたくしを “救った”、「神の子」としての教え=ニューソート思想】

sunrise-165094_640物心つくかつかないかの頃から、この世で生きることへの途方もない違和感を抱くようになっていたわたくしが、子どもながらも、それなりの霊性の道へと導かれていったのはごく自然なことでした。

そんなわたくしは、いつの頃からか、自分なりの信仰心を持つようになり、学校の図書室などで、キリスト教関連の子供向けのご本(イエス様の伝記本や、キリスト教的思想背景に基づいた西洋の児童小説、例えば、『天使の花かご』 ※ など)を嬉々として読み、それなりに「勉強を積む」ようになっていったのです。

※『天使の花かご』 シュミット:著 谷村まち子:訳 偕成社・少女名作シリーズ 1972年

また、当時 NHK で放送されていた、アメリカのキリスト教の思想がバリバリ入っていた(と、後になってわかった(笑))ドラマ、「大草原の小さな家」の影響を、それはそれはもう物凄く受けていたわたくしは、キリスト教で説くところの「罪の概念」をいつしか自然と子供心に抱くようになっていたのですね。

加えて、育った環境がとにかく厳しいものでございましたので、自分のことを到底「良く」だなんて思えなかったのです。
(未だにその後遺症、甚だしい限りの四十路でございます…… orz )

そんなわたくしは、いつしか大人、特に当時の担任の先生の激しい怒りを買って以来、もう、学校でも家でもとにかくびくびく緊張状態が続いておりました。

そのせいで、未だ続くひどいストレス症状に悩まされることとなり。

わたくしの「丁寧すぎる、この言葉遣い」も、もとはと言えば、丁度この頃からのことでして、前述のとおり、担任の男の先生がとにかく怖かったから、だから、「こんなふうにしか」しゃべれなくなってしまっていったのです。

自分で言うのもなんですが、当時のわたくしには、それなりによいところも沢山あったはず、なのですが、(この頃が、生涯において、最も優等生で、お勉強もよく頑張っていた時期でした)、

でも、とにかく毎日自分に ばってん × が次々に身体中のそこかしこに張られ続けているような意識がどうしてもぬぐえず、そのせいで、いつも極度の緊張状態と恐怖のもとにあって、それはそれはしんどい思いをしていたのです。

そんなわたくしのもとに、突然、天からの贈り物が如く、「人間は神の子である」の御言葉が届いた!

これは本当に大きな衝撃でございました。
まるで雷に打たれたかのような。

目の前がパーっと明るく開け、11歳の少女に過ぎなかったわたくしではございましたが、自らの中に「これだ!!」という確信が芽生えまして。
で、文字通り心の中で叫んだわけです。

「罪」まみれの自分が、実は「神の子」やったやなんて!
そんなこと、誰も教えてくれはらへんかった。

でも、これは、きっと、ほんまやと思う。
この「生長の家」ってところは、なんて素晴らしいことを言わはるんやろう。
これこそが、まさにわたしがずっと探していた道やわ!!

だなんて、もうすっかり興奮してしまい(笑)

以来、今日までの30年間、わたくしはずっとこの「人間は神の子である」という言葉に代表される、ニューソート(と呼ばれる思想、哲学)と共に人生を歩んでまいりました。

(注1)
ご参考までに、その後も何度か正式に「生長の家」に入信しようかと実際に思ったのですが、でも、どうしてもそこまでは出来ず、結局自分なりに御教えを学んで、その中で納得出来るところだけ、言わば、「よいとこどり」の形で、自分なりの「神様への信仰」を深めてゆくに至りました。

(注2)
「ニューソート」というのは、アメリカのボストンにゆかりある思想家・エマソンを端と発するもの、とも言われておりまして、
要は、明るく積極的に考えることによって人生が開ける、といった、言わば、成功哲学の真髄のようなものです。
わたくしが日本で出逢った「生長の家」は、日本の伝統ある神道系の流れを汲みながらも、ニューソートの根本のところ、所謂「光明思想」と呼ばれる部分を上手に取り込んでいかれたものだと、わたくし個人的には理解いたしております。
ちなみに、わたくしがいつも拝聴しております、アメリカのレイクウッド・チャーチ ※ のキリスト教の御教えはニューソート系のそれでありますが、人間の原罪自体を否定するものではありません。
ですが、向こうでは、レイクウッドのことをとても現世利益的だといって、一部の方々の批判を招いている実情もございます。
わたくしが思いますに、レイクウッドの御教えは、聖書の中でも、「神はどこまでも我々を豊かに満たしてくださる」といった趣旨の部分に非常に重きをおいていらっしゃいまして、
平たく申しますなら、所謂「リッチ志向」、「拡大志向」のところがございます。
そのへんを、昔ながらの伝統的かつ保守的なプロテスタントの教会の方々はよしとなさらないのでしょう。
あと、これはまた違う向きの話になりますが、ジョエル師は、以前、テレビ番組にご出演されたとき、同性愛を否定なさいました。
わたくしは、いつも LGBTの方々 の問題を心に置いている者でございますので、そのへんの見解は、いくら敬愛なるジョエル師であろうと、異なるものであります。

※ “Lakewood Church” ――アメリカ、テキサス州ヒューストンにある、全米最大の「メガ・チャーチ」(信徒数が数万規模の、とても大きな教会のこと)。独立系の教会である。こちらの主任牧師様でいらっしゃる、ジョエル・オスティーン師( Pastor Joel Osteen )は、わたくしが心から敬愛する霊的指導者のおひとりです。ジョエル師とその奥さまでいらっしゃるヴィクトリアさん、ジョエル師のお兄さまでいらっしゃるポールさん、お姉さまのリサさん、お母さまのドディさんなど、皆様がそれぞれに舞台に立たれ、素晴らしいお話をなさいます。中でも、わたくしはジョエル師のお説教がとても好きなのですが、奥さまのヴィクトリアさん、姉のリサさんのお説教も好きです。

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☆この続きは その3 をご覧くださいませ。

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