夢を生きる喜びと共に…☆

beauty-354565_640今から9年前、今のわたくしにとっての Divine Destiny, God-given Destiny に出逢ったばかりの頃のわたくしは、自分で言うのもなんですが、本当に輝かんばかりだったと思います。思いがけない運命の大変化があまりに幸せ過ぎて、「ここまで頑張って生きてきて、本当によかった!!」、毎日そればかり思っておりました。教会にお祈りに伺う度に、あまりの幸せに神様への感謝の気持ちが溢れっぱなしで、いつもうれし涙を流してばかりで。こんなにも素晴らしい運命が待っていてくれたとは……!! という大きな喜び、そして何よりもそれまで想像だにしなかった素晴らしい天の次元を全存在で感じる日々。それほどまでに、ものすごくポジティブなものに満たされきっていた2007年。だから、当時のわたくしには怖いものなんてまるでなかったし、夢は全て叶う、これからの未来は思うとおりになる、そう完全に信じきっていて、何ひとつ疑うことはなかったのでした。
そんなだったから、2008年の8月31日の夜、それまで居た伊豆からここ滋賀に「あくまでも一旦」帰ってきたときも、すぐに夢への翼を得られる、そう信じこんでいたんです。既に年が改まり、大きな挫折を経験した後でしたが、それでも夢への憧れ、燃えたぎるような情熱だけは何ひとつ変わりありませんでした。思いがけない挫折さえ踏み台にして、さらに大きく飛躍出来る、そう固く信じていたのです。
しかし、その年の秋から、これまたまるで想像だにしていなかった運命の試練が再びわたくしを襲い続けることとなりました。今日までのまる8年の間には、生まれて初めての本格的なひきこもり生活もありましたし、幸いそれを脱出してからも、ずーっとその後遺症にくるしめられ、うまくいかない現実に何度も夢をあきらめそうになりました。何度涙し、地団駄を踏み、怒りに震え、神様に助けを乞うてきたことでしょう。しかし、神様はいつも最悪の事態こそ回避してくださいましたが、わたくしの思いとは裏腹に、違う道をお示し続けられたのでした。その度にわたくしは「今だけ」と割りきって、その本意ではない道に飛び込み続けてまいりました。それもこれも全てはこの大切な夢のため。どんなに追い込まれようが、絶望の淵に叩き落とされようが、何があっても絶対この夢とそれに連なるものだけはあきらめちゃいけない、その思いひとつでここまでやってまいりました。その強い思いは今もわたくしの中を貫くものです。
その夢への強い思いとは裏腹に、わたくしはこの8年間、目の前にいつも頑として存在する厳しい現実に耐えるだけで精一杯で、ずーっと夢への王手をかけることなどとてもじゃないけれど出来ませんでした。しかしここ2年程はその時々なりに精一杯頑張ってきたつもりです。そして、その挑戦は今も続いています。
この8年間、ずっと、現状に耐えるのに必死、そして、僅かに残ったエネルギーで、一生懸命、細々とながらも、夢のために出来ることを続けてまいったわたくしが今何をいちばん思うかというと、夢を生きる、その喜びを取り戻そう、ということでございます。
夢を生きるということは無上の喜びを生きることに他ありません。そこには絶えず愛と感謝と希望があり、自然と心も聖なるもので満たされてゆくはずです。しかし、わたくしの場合、夢を生きる者には漏れなくセットでついてくる、それ相応の人生の試練に向き合うことで精一杯で、とてもじゃないけれど、夢を生きる、その喜びを充分体現出来ておりませんでした。おそらく、そうしたエネルギーが皆様にも伝わっていたのでしょう、だから、それは益々うまくゆかない現実に拍車をかけるだけだったのではないか、そう思います。本来わたくしのお役目は、夢を生きることの素晴らしさをお伝えし、ひとりでも多くの「神の国のプリンセス」「地上の女神」をお育て申し上げること。しかし、その当人が夢を生きる者がゆえに与えられる厳しい試練に喘ぐ一方で、いかにその試練を乗り越えてゆくか、ばかりにフォーカスしていたのでは、皆様に夢を生きることの喜びをお伝で出来るわけなどありません。そういう意味では、わたくしは「まだまだだった」わけでございまして、そのために、自らの器をさらに大きく広く深くしてゆかなければならなかったわけです。まぁ、それがゆえに与えられた、この8年の長きに渡る雌伏のとき、だったのかもしれませんが。
でも、これからは皆様にもっと夢を生きる喜びと感動をお伝えしてゆきたい、そう思います。そのためには、わたくし自身がもっと自らの価値を認め、高め、綺羅星のごとき夢の数々を叶えてまいらなければなりません。「璃いさんの記事を読むと元気が出ます!」、そんなふうにおっしゃていただけるような記事をこれからは沢山書いてゆけるように。そのためにもこの残りの夏、これまでにないスピードとスケールで、わたくしは変わってゆかなければならない、そう心から思っております。
話は突然変わりますが、わたくしは現在お世話になっております派遣先となる事業所様におきましても、お陰さまで毎日とても楽しくお仕事させていただいております。もともと働くことは好きですし、ひとりよりも大勢の方々とご一緒に机を並べてお仕事させていただくことのほうが断然好きですしね。ですから、このままどこかにお勤めさせていただいて、平穏無事にサラリーウーマンとして人生を重ねてゆくのだってアリと言えばアリ、なのです。オフィスで日々様々な方々とご一緒させていただくことは貴重な人生のお勉強ですし。そうして自己を磨いてゆくこと、そういう生き方だって、わたくし的には絶対ナシというわけでもないのです。
けれど、わたくしはもう「生涯の夢」に出逢ってしまったから。両親から与えていただいた、わたくしには勿体ないほどの良い名前さえ抹消して、今の「璃い」の名に変えたのは、生涯かけてこの夢を必ず叶えます! という誓いをこめてのことでした。だからこれまで何があっても絶対あきらめてこなかったし、それはわたくしがこの世を去る最後の瞬間までずっとずっと続くのです。
ですから、これからは更なる高みを目指して、もっと夢を心から信じて、自分を大切に、きらきら輝いて生きてゆけるように。わたくし、「夢咲璃い」という名前そのものが「夢を叶えて幸せに輝いて生きる」という意味でもございますしね。文字通りそれを体現して生きてまいること、それがこれからのわたくしの新たなテーマでございます。
今、このとき、この2016年の8月の心の持ち方いかんで、今後の人生が大きく変わってゆくような、そんな気がいたしております。これまにないほど夢への翼を大きく広げてゆけるように。そして、夢を生きる喜びを充分に感じ、それに心から感謝しつつ、皆様とその喜びを共にわけあってゆけるように。どうかこれからも光の道をゆけますように。祈りをこめて、この記事を新たな誓いといたしたく存じます。
どうぞ暑き折、皆様もご自愛くださいますように。全てがよきに流れますよう、心からお祈りいたしております。今回も最後までお読みくださいまして、本当にありがとうございました。愛と感謝をこめて。璃い 拝

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