本当に心から救われるサイキック・リーディングを

madonna-209995_1920サイキックに目覚めて、この夏でまる9年半。これまで本当に沢山の、そして様々な方々をみさせていただいてまいりました。年々、経験を重ねるごとに、セッションにおいて心がけるべきこと、が沢山出てまいります。そういう意味では、みさせていただく全てのお客さまがわたくしにとりまして、皆さん、大切な「師」でございましてですね。これまでご縁をいただいてまいりました全てのお客さまに心から感謝申し上げる次第です。
ひとくちに「サイキック・リーディング」と申しましても、そのスタイルは様々でございましょう。また、対面、音声でのやり取り(電話、スカイプなど)、メールなど、セッションの実施方法によって、その精度はかなり異なってまいります。わたくしの場合、やはり最も得意とするところは対面ですね。実際お逢いして、目の前で直接お客さまのお話をお伺いするのがいちばんです。でも、距離的なことや、スケジュールの問題等で、なかなか皆様全てにお逢いすることはかないません。そうしたときは、他の代替手段を用いることが多いです。
セッションのやり方につきましては、それぞれ、サイキックの先生によって、様々でございましょう。若い頃からまさに「占いジプシー」だったわたくしは、今日まで沢山の占い師さんや、サイキックの先生にお世話になってまいりました。中でも、いちばん印象に残っているのは、箱根時代、導かれるようにしていった横浜のみなとみらいで夜遅く、お店が閉まる直前に、ほんの10分ほどの間、みてくださった、あの女の先生かな。「普通のひとのような人生がどうしても送れなくって」と嘆くわたくしに、先生ははっきりと「貴女、これまで本当に大変だったわね。何かやりたいことはあるの? ならば、それをやりなさい。それが貴女に必要なことです」ときっぱりとおっしゃってくださって。それが2007年の11月のこと。以来、わたくしはその先生の言葉を信じて、頼みとして、ここまでまいりました。まぁ、もっとも、その先生の言葉だけが、今の道に至らせたわけではありませんが。でも、横浜の夜、わけあって涙止まらずひとりとぼとぼみなとみらいをさまよっていたわたくし、すがるような思いで、そのお店を閉店間際に訪れたのですよね。そしたら、先生は瞬時にわたくしの全てを察してくださったようで、ほんの短い時間にものすごく的確なアドヴァイスをくださったのです。あのときみていただいたことが、今もわたくしのものすごく支えになってる。あのときの先生には本当に感謝の言葉しかありません。
それから時が流れ、今はわたくし自身がひとさまをみさせていただく立場に居るわけですが、わたくしは常々、「本当によいセッションとは何か?」「本当にお客さまのためになるみたてとは何か?」をつねに考え続けてまいりました。勿論、そうは言っても、これまで沢山至らない面もあったでしょうし、わたくしがお客さまのお心を傷つけてしまったこともあったかもしれません。けれど、幼い頃から霊性の世界に導かれ、30数年に渡って、スピリチュアルな世界と共にずっと歩んできたわたくしには、わたくしなりの「よいセッションとは?」という考えがございます。
話は変わって、わたくしは、常々お客さまに、頻繁のご利用は固くお断りいたしております。最低、ワンシーズンに1回、いえ、もっと言うなら、年に一度くらいご利用いただくので充分だと思うのです。それ以上に頻繁にご利用いただくのは、お客さまを依存させてしまうことになりかねません。ですから、最低でもワンシーズンに1回くらいのご利用で……、とお願いいたしております。また、急なご依頼、焦って答えを求められる形でのご利用もお断りいたしております。その全ての理由は、本当にお客さまのためになる形で、セッションをご利用いただきたいと心から願うからです。
勿論、欲を言えば、頻繁に、それこそしょっちゅう「璃いさん!璃いさん!」と何かある度に、まるで「駆け込み寺」のようにご利用いただけるなら、それに越したことはありません。だって、その分、こちらはセッション代をお支払いいただけるのですからね。でも、それだけはわたくしのポリシーに反することだし、出来ません。かっこつけてるのではなく、スピリチュアリストとしてのわたくしの信念、信仰の根幹に関わることですから、それだけはどうしても出来ないのです。
わたくしのスピリチュアリティにおける信仰の根幹をなすものは、「おひとりおひとりのうちにこそ神はいらっしゃるのであり、その内なる神の語りかけこそが、その方にとって最も優先すべき霊的真実である」というものです。ですから、わたくしのサイキック・リーディングのセッションはあくまでも「参考資料」に過ぎず、本当の答えは、やはりお客さまご自身で、内在神とご相談なさって決められるべきです。その「参考資料」に過ぎないわたくしのセッションを頻繁にご利用になるということは、内在神との語らいよりも、わたくしのリーディングを優先なさることになりかねません。そういうこともあって、頻繁のご利用は固くお断りしている次第です。
また、わたくしは、せっかく高いお代をお支払いいただいて、わたくしのセッションをご利用になるのなら、それこそ、たった一度ご利用いただいただけでも、その方の後の人生全般に渡って、「あのとき、璃いさんにみてもらって、本当によかった!」と心からおっしゃっていただけるようなセッションを、と常々心がけております。勿論、そのためには、こちらも真摯にお客さまと向き合うこととなり、もしかすると、短期的な視点で見るならば、お客さまにとって耳の痛いことばかり申し上げることになるやもしれません。
けれど、わたくしは、即効性のあるセッションではなく、本当にお客さまが心から救われるような、そんなサイキック・リーディングのセッションを、と心から願いつつ、そうしたサーヴィスをご提供しているつもりです。そう、一度ご利用いただいて、すぐにはその「効果」が感じられなくとも、後々に渡って、お客さまの魂の向上に繋がるようなセッションを。そのためには、プロのサイキックとして、時には耳の痛いこともはっきりと申し上げなければならないこともございます。そういうこともあって、わたくしのセッションをご利用いただくときは、それ相応の御覚悟を持って、わたくしと向き合っていただければ、と存じます。
では、その「本当にお客さまが心から救われるような」、「一生に一度ご利用いただくだけで、後々、”あのとき、璃いさんにみてもらって、本当によかった!” と心からおっしゃっていただけるようなセッション」とは具体的にはどのようなものなのでしょうか?
それは、サイキックとしてのわたくしの力量にかかわってくることだと思うのですが、平たく言うなら、お客さまの魂の本質にスポットをあて、そこから導き出されるところの情報を、真心をこめてお伝えすること、だと思います。目の前の現実のあれやこれやを○や×でお答えするのではく、これから後の人生を本当に心豊かに生きていっていただくために、必要な情報をご提供する、それは一言でいうなら、お客さまの魂の本質、神の子さんとしてのご自分、つまりご自分の中の神性に立ちかえっていただくためのものでなければなりません。
当然、そこを目指してセッションをさせていただくなら、申し上げることは抽象的なことが多くなりましょうし、目の前の現実がどうのこうのではなく、お客さまのおひととしての在り方そのものにフォーカスして、お話しすることが多くなりましょう。目の前の現実がどうのこうの……、それも勿論大事なのですが、わたくしのセッションの究極の目的は「神の子さんとしてのご自分に立ちかえっていただくこと=ご自分を心から愛せるようになっていただくこと」でございますから、当然そこにつながる文脈でお話しすることが多くなります。そして、一度わたくしのセッションをご利用いただいたら、もう後はご利用なさらなくともよいくらいに……、それくらいの上質なものをご提供出来ますように、とわたくしは常々心がけているのでございます。
もっとも、そうは申しましても、いつもいつもそのようにはゆかないこともあるでしょう。問題山積のお客さまをみさせていただくなら、「魂がどうのこうの……」よりも、「まず、目の前の現実をどうすべきか!?」のほうが喫緊の課題でしょうしね。そこらへんは臨機応変にやってゆこうと思っております。
しかし、わたくしのセッションは「一生に一度ご利用いただければ、それでよいくらいの」、それだけ上質なものを目指しております。そこのところを充分にご理解いただいてですね、ご利用いただければ、と存じます。
以上でございます。今回も最後までお読みくださいまして、本当にありがとうございました。心からの愛と感謝と真心をこめて。夢咲璃い 拝

☆「聖なるヴィジョン」を生きる女性エグゼクティブのためのサイキック・リーディングのセッションにつきましては、こちらをご覧くださいませ。

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