Believe

 

and when they told me that I’d never be
all that i dreamed of baby I still believed
nothing can break me
or overtake me
I’m a dreamer
and baby dreams will come true
when you believe
and you’ll see
because it’s happening to me
it’s happenineg to me…

“Believe”, Hidetake Takayama feat. Amanda Silvera & Matt Brevner より

・・・ ・・・ ・・・

やりたいことを思うように出来ないのは、本当につらいですよね。
そして、その状態があまりにも長くなると、自暴自棄にもなるし、一体どうしたらいいのかわからなくもなるし、怒りのあまり興奮して夜も寝つきが悪くなるし。
身体中が凝り固まって、どうしようもなかったりもする。
どこを探しても出口はなく。
今迄、わたくしはそんな7年半を過ごしてまいりました。

昨日もまた、いつものように、「おんなじこと」で怒りが湧き、かーっとなりかけたのですが(そう、わたくしはひどい癇癪持ちです)、「ここで怒ったら、またエネルギーの無駄。気持ちはわかるけれど、今は “今、ここ” に集中して、とにかく、”今、出来ること” をやって、この場をやり過ごそう」と。
そうして、なるたけ穏やかに過ごすように心がけました。

それでも、夜になって、また「げんなりするようなこと」があって、「もう、こんな状況、ほんまにほんまに絶対嫌っ!! 絶対、現状を変えてやるっ!!」って、もうそれはそれは怒り狂いそうになりかけたのですが、でも、そこもなんとか、「絶対、現状を変える」という強い思いだけを残して、怒りをやり過ごし。
「そのときに出来ること」に、ただひたすら集中して過ごしました。

昨夜は寝る前にベッドの中でひたすら神様にお祈り。
「神様、ほんっとぉにどうしたらええのんですか? もう、わたしは、ほとほとまいっておりまする。。。」と泣き言を言いそうになったり、神様に恨みつらみをぶちまけそうになったのです。
でも、そこをぐぐっと踏みとどまって、ひたすらお題目のように「ありがとうございます、ありがとうござます」と。
そしたら、昨夜は、いつもの歯のひどい食いしばりも少しはマシになったような気が。

で、今朝。
相変わらず「ほこりまみれのような朝」(どないやねん? (^^; )を迎えたのですが、それでも、なぜか心はキラキラ(!?)(笑)
そして、浮かんできたのが、この Hidetake Takayamaさん の “Believe”。

昨夜は新しく買ったパソコンにひたすら手持ちの音楽を入れて整理していたのですが、その作業をしながら、わたくしはある方の夢の実現を心からお祈りしていたのですね。
もしかして、その祈りが自分にも勇気を与えてくれたのでしょうか?
よくわかりませんが、今日はこの歌、”Believe” で一日をスタートすることになりました。

世間一般のごくごく常識的な方々がご覧になったら、わたくしがやろうとしていること、志していることは、まるで途方もない夢で、わたくしはドン・キホーテそのもの、です。
あまりにも現状がひどいので、世界レヴェルで夢を叶えてゆきたいという四十路半ばの「放蕩娘」の思いは、自分でも時々空恐ろしくなるほどです。

でも、2007年、サイキックに目覚めてから神様がわたくしにお与えくださった夢は、本当に全てがうまく出来ていて、これまでの日々、びっくりするような奇跡や偶然、シンクロニシティ、セレンディ・ピティなんかを、沢山わたくしにもたらしてくれました。
そして、そのひとつひとつのピースをちゃんとあるべき場所にあてはめていくと、見事な夢のヴィジョンが出来上がるのです。
それを信じせずしてどうしましょうか?
たとえ、ドン・キホーテでもいい。
わたくしは自らの可能性を信じたいのです。
そして、それに向かって今、全力で取り組んでゆきたいのです。

年が明けてから、「今年こそ、今年こそ!!」という思いがあまりに強すぎて、わたくしにとっては花嫁衣裳のように大事に大事にしていた着物類もほぼ全部捨てました。
一生に一度の大切な大切な思い出がつまった、本当に大事なお着物さえ捨てたのは、そうまでしてでも、人生を大きく変えたかったから。
これまで10年近く大事にしてきたものを失ってでも、新たな人生を手に入れたかったから。
でも、さすがに、ちょっとそれは無理があったようで、これまた、ある大きな決心をした翌日の、今月10日から、エネルギーバランスを崩してしまい、「ゆるゆるモード」で過ごしつつ、今日に至ります。

でも、その「ゆるゆるモード」も本日17時で終了。
明日の19時からは新たな人生の流れが入ってくる、そう直観によって知らされています。
そう「わかっている」からでしょうか、いつもならホルモンバランスの大変乱れる時期に当たるのですが、それでも、不思議と、いつものような「ひどい鬱」にも陥ることなく、なんとか踏みとどまっております。

先日もマサチューセッツにおられる敬愛なる方にご連絡をとったばかり。
今日は東京の大切な方にお手紙が届くであろう日。
そして、昨日は、これまたわたくしにとって大切な御方から思いがけないご連絡をいただきました。
何も進んでないように見えても、それでも、こうして少しずつ状況は変わっていっている。
何よりも、今から8年前、あれほどまでに強い思いを持って、ここに「あくまでも一旦帰ってきた」んだもの。
あれだけの思いがあったのだから、また絶対ここを出られる。
そうわたくしは今、これまでにないほど強く強く、全身全霊をこめて、信じたいのです。

人生は一度きり。
わたくしには大切な憧れの方々が海外に沢山いらっしゃいます。
そうした方々にいつか笑顔でお目にかかれるくらいの、ひとかどの人物になりたい。
そのために、今日、今、ここで何をなすべきか?
神様のお支えとお導きをいただきながら、至らないながらも、日々誠実に、懸命に生きてまいりたく存じます。

「夢はきっと叶う。それが神様の御心に適うものならば」。
わたくしはそう心から信じております。
そして、自らの夢は神様が与えてくださったものだと信じております。
この春こそ大きな飛躍が出来ますように。
いつかボストン郊外の自宅で、「2016年は、サイキックに目覚めた2007年と同じくらい、本当に素晴らしい一年だった」と笑顔で振り返られるように。
これまでにないほど大きな希望を描いて、この春を過ごしてまいります。

皆様にもどうぞ神様のご加護とお導き、祝福がありますように。
日に日に全てがよくなってゆきますように。
わたくしたち光の戦士には、まだまだこの世でなすべきことが沢山あるはず。
それをどうか日々真摯に実践してゆけますように。

愛をこめて。
God bless you!

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