終戦70年の大切な節目、平和を祈る日、そして、聖母マリア様の被昇天の祝日によせて

0001 17本日、2015年8月15日は、戦後70年の大切な節目であり、また、カトリックの世界においては、聖母マリア様の被昇天の大祝日でもありました。この大切な日によせて、日頃わたくしが考えていることについて、改めて書かせていただきたく存じます。
まず、戦後70年の大切な節目につきまして。この日にあわせて、安倍総理は、戦後70年の談話を発表なさいました。今朝ひととおり読ませていただきましたが、わたくしはその内容について評価する立場にあります。と同時に、大変練りに練られたのであろうな、と強く感じました。あの内容に落ち着くまで、さぞご苦労がおありだったのではないかと拝察します。ま、もっとも、各界、様々なお立場の方々によって、それこそ様々なご意見がおありでしょうが、わたくしは、今のこの日本という国において、あの談話はちょうどよいのではないか、と思うものであります。
また、全国戦没者追悼式で述べられた陛下のお言葉についても、ネットの記事で拝読しました。天皇・皇后両陛下は今年、悲願のペリリュー島への慰霊の旅にもお出かけになられて。戦後、一貫して平和を祈り続けてこられた陛下のお気持ちを思いますとき、そのお気持ちを我々国民は大切に未来へと引き継いでゆかなければならないとわたくしは思います。
終戦70年に話題が及んだこともあり、その関連で、ここ最近のいわゆる安保法案の一件につきまして。率直に申し上げて、わたくしはあの法案には賛成の立場です。ただ、その成立に向けてのプロセスにつきましては、同意いたしかねるところ多々ではございますが。日本がこれまでの枠組みの中でやってゆけないのは周知の事実で、では、もし、今後も今の憲法を堅持するのだとしたら、もっと外交努力を積まなければならないし、何よりもそれに向けて、国の方針をもっとしっかりと強固に固めるべきだと思います。いつまでも専守防衛でやってゆけるなら、の話ですが。話し合いで片付く相手ではない大国がすぐそばにある我が国は、これからの未来において、平和をしっかりと守ってゆくために、何をなすべきか、もっととことん国全体で話し合わなければならないとわたくしは思います。ただ「安保法案反対!」ではなく。反対ならば、具体的にどのようにすべきなのか? 平和憲法を守るとして、ならば、周辺諸国の脅威については、どのように対処してゆくのか、そのところをもっと具体的に理論的に冷静に議論することが肝要かと存じます。
わたくしはもともと中学の修学旅行で訪れた広島で被爆者の方のお話を聴き、以来、霊性の道に本格的に踏み込むまで、ずっと国際平和のための政策提言者になりたかった人間です。被爆者の方のお話にとても衝撃を受け、こちらに帰ってきてから、その方宛にお手紙も書いた人間です。何よりも平和を愛する人間です。ですが、とにかく、これからの日本が今までどおりの枠組みでやってゆけるとはとても思いません。この国の、そして東アジアの平和をしっかりと守ってゆくために、この国の形を今後どうしていくのか、もっと国民全体を巻き込んで、大きく議論してゆくべきだと思います。
サイキックとしてのわたくしの過去世についての記憶をお話しさせていただけるなら、以前もこのブログで書きましたように、わたくしは先の大戦の際、東京大空襲で亡くなっているはず、なんです。東京の下町の、おそらくあるお商売をしていたお店の若女将で。歳の頃はおそらく23歳。こどもも二人居た、若い母親でした。しかし、あの空襲で3月10日に亡くなっているんですよね。そして、また、今回、今度は人間として最後の人生、再びこの日本に生まれて来た。以前の人生、わたくしの名前は「光子(みつこ)」だったはずなのですが、現在の名前も、光に関する文字を使っております。これも何かの因縁と言えば、因縁。きっと、わたくしが再びこの日本に生まれてきたのは、前回の人生、東京で亡くなった無念があったのでしょう。勿論、今回生まれてきたのは、前世のそのときの思いだけが原因ではありませんが。それでも、もう一度この国に懲りずに生まれてきたのは、わたくしがきっとこの日本という国が大好きだからだと思います。そうでなければ、もう一度この国に生まれてくることもなかったはず。
話があちこち行きましたが、これからの未来、この国に生きる、あるいはこの国に縁ある女性のひとりとして、どのように在るべきか、ということを考えますとき、やはり、わたくしが皆様にお伝え申し上げたいのは、お心の中にある夢、理想、そうしたものを実現するためにしっかりと生きていっていただきたい、そういうことでございます。
この極東の島国、日本という国は、きっと、何か、特別な使命、と申しますか、何らかの意味がある位置に存在しているのだと思います。(そうは申しましても、わたくしは、スピリチュアル的にも、ただ闇雲に日本が特別だ! という立場にあるわけではございませんが) もちろん、世界のあらゆる国、文化、民族、それぞれがそれぞれに貴重で、それぞれがそれぞれに存在するところに、この世界の素晴らしさがあるのだと思います。ですので、日本人は特別だ、とか、日本人は優秀だ、とか、そういうことを申し上げたいのではありません。ただ、昔、この国のことを「日出づる国」と申しましたように、やはり、東の果てにある国、島国、というのは、何らかの意味、役割があるのではないかと。そう思うのでございます。
日本人はもともと真面目で勤勉な民族です。もちろん、日本には、いわゆる大和民族以外の様々な民族の方々がお住まいなのも理解しております。しかし、この日本という国を全体的に見たとき、きれい好きで、きちんとしていて、手先が器用で、細かなことが得意で、という特徴は否めないものかと思います。また、ご皇室という大変長い歴史をお持ちのおうちの方々がいらしてくださる国でもございます。わたくしは秋篠宮妃殿下が憧れの御方でございますので、どうしてもご皇室については、ことのほか思いがある人間ではございますが。そうした思いをおさえてでも、やはり、古来よりずっと歴史を保ってこられた天皇家というお立場の方々がいらっしゃるということは、この国において、非常に貴重な、誇るべきことであり、尊重すべきことだと思うのですね。そうした国の者として生きられることにもっと誇りを持つべきだとわたくしは思います。
そうした我が国において生きる者として、日本という国にゆかりある女性のひとりとしてこれからの自らのあり方、そして、同じようにこの国にお住まいの女性の皆様が今後どのように生きてゆかれるべきか、ということを思いますとき、わたくしは、やはり、おひとりおひとりが内なる光を燦然と輝かせて生きていっていただくよりほかにない、そう申し上げたく存じます。
わたくしたちひとりひとりが自らの良心に従い、また、心の内にある神が導かれるところのことを勇気をもって実践をしてまいりますとき、どれほどこの世のエネルギーが高まり、また明るくなりますことか。聖母マリア様に捧げられた国とも言われているこの国において、今後、これまで以上に、尊いお志をお持ちの女性の皆様のお力が必要になってくるのではないか? わたくしはそう思うのでございます。
自らの資質をどこまでも高めることを通じて、広く世に貢献しようとなさる尊いお志をお持ちの女性の皆様が、おひとりおひとり、内なる理想実現のために生きていってくださるなら、どんなにこの国は素晴らしいものとなりましょうか。自ら信じる道をゆく、というのは大変な部分もありますが、しかし、そうして生きる中においてこそ得られる、人生の至福、無上の喜び、というものが必ずございます。そうした永遠の歓喜、天の御恵みのもと、生きるとき、必ず、ご自身の人生はさぞや美しいものとなりましょうし、そうした貴女のご存在に感化されて、同じように生きようとなさる方がどんどん増えていって、やがては美しい光の輪が、この日本列島を多い尽くすことになるのではないか? と。そのためには、誇り高く美しい、この世の女神たらん女性の皆様が、おひとりおひとり勇気をもって立ち上がっていただき、この世を少しでもよきものにするために、ご自身の大切な人生を捧げてくださることが必要なのでございます。
これから、この国、そして東アジア、世界の行方はどのようなものになってゆくのか、それはわたくしにもわかりません。ただ、ひとつ、中国は今後大きく変わってゆくであろうことだけは、この度の天津での爆発事故の報を聞きましたとき、わたくしはしっかりと確信いたしました。その詳細については、そこまではわたくしはまだ知り得ませんが、しかし、先日の人民元の切り下げのことしかり、今後、あの国は大きく変わってゆかざるを得ないでしょう。そのひとつのきっかけ、節目となったのが、あの天津での爆発というひとつの事象だったように思います。
ちなみに、これはあくまでもひとつのストーリーとしてお読みいただければ、と思うのですが、わたくしは過去世において当然のごとく中国ともご縁がございました。ですので、いつかあの国にもわたくし自身、関わってゆくことになるのかな? とは薄々感じてはおります。実際、妹がこの春までおりましたのは上海でございましたし。しかし、わたくしが今後あの国を訪れることがあるのだとしても、それはいつのことになるのやら。とにかく、今後、あの国がどうなってゆくにせよ、平和と安寧がありますよう、ただ祈ることしか出来ません。
この国の行方、世界情勢がどうなってゆくかは、わたくし達、一般の一個人にはどうすることも出来ない部分が多々です。それでも、今というときを生きる人間のひとりとして、また、この社会を構成する一要員としての自らの立場を思いますとき、それは全くの無力というわけでもないように思います。現に、この世に大きな影響を及ぼしたのはたったひとりの人間、ということもこれまでの歴史において、多々あったのですから。それほどの偉人とはなれずとも、それでも、今という時代を生き、この社会を構成する一要員として、どんなにささやかでも、この世に光を与えてゆくことは可能だとわたくしは信じます。そして、そのためには、おひとりおひとり、お志のある女性の皆様が、ご自身の内なる理想、聖なるヴィジョンを実現していってくださること、それが何よりも大切なのではないか? と。わたくしはそう改めて心から思うのです。
神様がおひとりおひとりに夢をお与えになるのは、その方こそがその夢にふさわしいと見込まれたから、だそうです。神様に与えられたお役目を立派に果たし、この世に置いていただいている間は、精一杯、自らの命の炎を燃やして、この世に少しでも愛と光と希望と夢を反映させてゆこうではありませんか? そのためには、尊いお志をお持ちの淑女の皆様、おひとりおひとりが、まず、ご自分の内なるささやきにそっと耳を傾けてくださることから、です。
どうか、一度きりの人生、少しでもこの世によきものを残し、愛と希望を未来へと繋いでゆきましょう。そうして生きることが、また、世界平和にも繋がるものとわたくしは心から信じます。
どうか、全てがよきに流れますように。御心が天で行われるがごとく、地でも行われますように。御国がきますように。皆様のうちにいつも天の無限の愛が優しくありますように。この大切な日に、愛と祈りをこめて。璃い 拝

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