全ては神様のお陰



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この7月末で、それまで4ヶ月間お世話になった派遣のお仕事を辞してより、異様にエネルギーが高ぶり――と言うよりも「荒ぶり」(苦笑)――、そのため、いつにも増してイライラが募り、久々に家族(主に母)に当たり散らす――と言う、誠に「荒ぶる日々」を送っておりました、ここ最近のわたくしでございます。

先日も、あるお友達にお話ししていたのですが、わたくしはもともと――本来持っている力はそれなりに強いのです。
でも、普段はそれを表によう出してゆけないため(要はひとさまや世間さまが怖い)、ついつい身内に当たったり(いけないことです)、「自家中毒」を起こしてしまうのですね。
(そこらへんが紫式部や光野桃さんに似ている。誠に身の程知らずの例えで恐縮ですが)

4ヶ月間の派遣のお仕事が終わり、やっと久しぶりに自由な時間が増え、「今度こそは……!!(一日も早くここを去りたい)」という思いが強すぎたのでしょう。
そのため、ひどく「気が上がってしまい」、「空焚き」状態になってしまっていたのだと思います。

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高まる夏のエネルギーに乗じてか、イライラは本当にひどく、自分でも手がつけられないほど。
お陰さまで元気にこの酷暑を過ごさせていただいておりますが、あまりの激しさに自分自身もとても翻弄されてしまっておりました。

そんな折、大変有難いことに、暖かなお言葉を頂戴する機会がございまして。

それは、そもそも、先日、わたくしがある方にメッセージをお届けさせていただいたことがきっかけでございました。
その後、その方から、誠に有難くも勿体ない、過分なるお言葉を頂戴してですね。
わたくしはまるで目が覚めるような思いに至ったのでした。

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これまた大変有難くも――幼い頃から霊性の世界にご縁をいただいてまいりましたわたくしでございますが、その実、内面は非常にアンバランスで、神様の愛や天のよきもの、所謂聖なるものを渇望して止まない人間でございます。

先日もふとしたことから、「プリンセス レッスン」で大変有名な上原愛加(うえはら あいか)さんが最近新しくオープンされたサイトを拝見し、「命の正しい在り方から、まるで程遠い、自らの在り方」に改めて気づかされたのですね。

愛加さんのお言葉をお借りするならば、わたくしは断然与えるよりも「むさぼる」側の人間なのでございまして。
それは、自らの本当の価値を認識出来ていないがためなのですね。

で、8月以後、そこのところが、ぐわーっと前面に押し出されてきたこともあり、ここ10日程のわたくしは「荒れ荒れ」だったのだろうな、と、今、振り返って、思うのです。

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一日も早く札幌に行きたい、一日も早く本来自らが在るべき「玉座」(←あくまでも、わたくしにとっての)に着きたい、一日も早く理想の暮らしを実現し、一日も早く本当に心から安心して、愛に満ちた穏やかな暮らしをゆったりと送れるようになりたい――!!
そんな思いでいっぱいいっぱい、もう必死すぎるほど必死のわたくしなのです。

先日思いがけず、ある方から、「理想のわたしになれたなら、それを持つことが出来るかもしれない、大変素晴らしいお品」をいただいたり、また、自分自身でも、「理想のわたしになれた暁には身につけたいとずっと憧れていた、(今のわたくしにとってはかなり背伸びした)あるお品」を購入したこともあり、ますますその思いは募って。

とにかく今のわたくしは上へ上へと伸びてゆきたくて仕方ないのでしょう。
それほどまでに、もう金輪際今の状況に決別したくて仕方がないのだと思います。

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しかし、それほどまでによくなることを渇望しても、愛加さんがおっしゃるように、自分を認
め、愛していなければ、ますます混乱に陥るだけなのですよね。

自分で自分を認められず、受け入れられず。
でも、ひとさまや世間さまには認めてほしい、受け入れてほしい、本来自分が理想とする地位に着かせてほしい。

そのためには、まず自分自身が自分を認め、愛し、許し、受け入れ、評価してゆかなければならないのに。
わたくしはそこらへんが非常に疎かになっているのに、ただひたすらひとさまや世間さまから「むさぼる」ことしか考えていなかったのでした。

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そんな状態だと――、今流行りの音楽グループではありませんが、ただただ「窮鼠猫噛み」といった状態になってしまいます(苦笑)

自分自身もイライラ、ひとさまに当たり散らし、とんでもない行動を取り(公共の場でもひとさまに譲れない。いつも「わたしが、わたしが」になって、見知らぬひとになら平気でひどい態度を取る、など)、挙げ句の果てには全てが悪循環になり。

そんなこんなで、今のうちの形態になって30数年、以来、初めて、夏の真っ昼間に「とっても大きな “ご” で始まる虫さん が突然どこからともなくベランダに飛来し、悲鳴を上げ、格闘する」みたいなことになるのです(涙)

あまりにあまりにアンバランス、わたくしという人間の醜さが甚だ露出するような、そんな8月の上旬だったのでした。

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話は戻って――、前述のとおり、こんな醜さ極まりないわたくしに、ある方が、わたくしがお届けさせていただいた言葉の持つ力(癒し)についておっしゃってくださったのです。大変大変ありがたいことに。

愛加さん風に申し上げるなら、ひとさまに与えず、ひとさまから「むさぼる」ことしか考えていない、この醜いわたくしが発する言葉には力があると。

なんと過分なるお言葉。
本当に勿体なくありがたい限りです。

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もし、この御方がおっしゃってくださったように、わたくしが発する言葉に力があるのだとしたら、それは「わたくしが」素晴らしいのではなく、わたくしを通して神の御業が発せられているよりほかならない、わたくしはそう思います。

わたくしではなく、全ては、わたくしの背後にいらっしゃる神様が素晴らしく尊い御方だから。
わたくしはただのパイプ的な存在に過ぎません。

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一日も早く思うところにたどり着きたいと躍起になっておりますわたくしでございますが、こんなわたくしを通して神様がお働きくださるのでしたら、その神様の御為にも、それにふさわしいわたくしで居なければなりません。

ゆく先々で、見知らぬひとになら平気で「たたかいを挑み続け」、その「誠に小さな争いに勝つことによって、自らの存在価値を見出だすような、誠に小さな情けない、大層嫌な自分」で居ては、わたくしをパイプとして使ってくださる神様に申し開きが出来ません。

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札幌へゆくのも、ボストンへの移住も、きっと然るべきときに、然るべき形ですんなりうまくゆくはず。
わたくしにはそれだけの力がある、と、初夏にみてくださった、ある霊能者の先生はそうおっしゃってくださいました。

だから、一日も早く、必死に上へ上がりたいときゅうきゅうとなるのではなく――、もっとゆったりとした心で居なければ。神様という大船に乗ったつもりで。

そして、自らを愛し、本来の自らの価値を信じて、たゆまぬ努力をこれからも積み重ねてゆかなければ。
わたくしの言葉を待っていてくださる方がいらしてくださるなら、その期待にこたえてゆかなければ。

誠に小さな争いにきゅうきゅうとしていては、成るべきものも成ってはゆきません。
いつまでもここでひたすら「“ご”で始まる虫さん」に戦々恐々とし、惑い、くるしみ続けることとなるでしょう。

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こんなにも狭量で小さなわたくしに、神様が何らかのお役目を与えていてくださるのなら、ただひた向きに淡々と、その努力を積み重ねてゆくだけ。

そうすれば、気づいたら、札幌に居るのでしょうし、ボストンで幸せに穏やかに暮らしていることになるのでしょう。

そのためには、愛加さんがおっしゃるように、まずは自分を愛し、大切にすることから、なのです。

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神様がこんなわたくしに何らかのお役目を与えてくださるのなら、尚更、そのお役目にふさわしい自らの魂が持つ、本当の価値に気づかなければ。

人間としてのわたくしは泥まみれ、エゴまる出し、欲まみれだったとしても。

中野裕弓(なかの ひろみ)さんがおっしゃるように、梅干しの種の部分のわたくし(真我としてのわたくし、魂本来の姿)はきらきら光り輝いているかもしれないのだから。

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「きらきら光る光の珠」という意味の「璃」の名に改めたのも、今回の人生においては真我としての自分に立ち返るための貴重な最後のレッスンだと思うから。

過去世が織り成してきたマイナスの部分、エゴまる出しのわたくしで居ては、いつまで経っても成仏出来ない(苦笑)、天にかえることは出来ないのです。

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こんなわたくしが、今回、人間として最後の生を与えられたのも、わたくしがサイキックとなり、スピリチュアルな道を皆様にお伝えするよう導かれたのも、全ては神様のお蔭です。

わたくし自身の力ではなく。

ただひたすらに神様の御業、お導き、ご加護があってのことなのです。

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どうかわたくしが本来歩むべき道にきちんと集中出来ますように。

大切なことに気づくきっかけを与えてくださった素敵なマダムに心から感謝申し上げると共に、大変素晴らしい内容をご自身のサイトにアップしてくださった上原愛加さんに心からの敬意を表します。

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神様、こんなわたくしに多大なる御恵みをくださっていますことに心から感謝申し上げます。

本当に本当に有難うございます。

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