暖かなエネルギーを自分にもたらすこと、自分に愛を注ぐ行為が、人生をよりよいものへと変化させてゆく

0003 11わたくしの魂はもともととっても厳しいエネルギーと共に生まれてきておりまして、そのせいで、わたくしは、これまで、それによって、随分とつらくかなしい思いをしてまいりました。
もともと、魂の原点を紐解けば、とても暖かくて優しい、まぶしい光に満ちたところに居たはずなのですが、これまでの幾つもの、数えきれないほどの転生を繰り返しているうちに、だんだん、「厳」のエネルギーの勢力が強まっていったみたいです。
お陰で、今回の人生においても、とても重い十字架を背負いながら生きてゆく身となってしまいました。

しかし、よくよく落ち着いて考えるなら、霊的に見たときに、こうした重荷こそが御恵みであり、神様が魂の成長のためにわざわざお与えくださったもの、なのですよね。
今日もほんの些細なことから、またひどい不安に陥り、精神的に混乱を来たし、先程まで、お祈りをしながら、ひたすらイエス様に助けてください!! とすがりついていたのですが(苦笑)
どんなにくるしくとも、つらくとも、逃げ出したくとも、神様が与えてくださったこの道を信じ、一歩一歩進んでゆくよりほかないのですよね。
全ては神様のタイミングを信じ、その日その日、その時々においてベストを尽くしてゆくよりほかない。
それこそが、わたくし達に最も求められることであり、わたくし達がなすべきこと、なのですね。

そう頭ではわかっていても、ひとたび、つらい! とか もう嫌だ!! とか、そんな思いが湧き出てきてしまいますと、なかなか収拾が尽きません。
それで、先程のわたくしみたいに、ひたすらイエス様にすがりつく羽目になる。
イエス様にしてみれば、こんなに貴女のためにわたしはいろいろとやっているのに……と、げんなりするような思いでいらっしゃるのではないかしら?
つらい、くるしい、かなしい、といったネガティブなものから出るものは、どうしてもきつくなりがち。
そこにはなかなか暖かなものって存在しないのですよね。

でも、ひとしきり泣いてお祈りして、で、その後、心を落ち着けようと、キリスト教関連の音楽番組にネットラジオのチャンネルを合わせたら、まぁ、なんとも美しい Worship Songs が流れてきて、それで、心が洗い清められ、少し落ち着くことが出来ました。
で、今、この記事を書いています。

わたくしは、スピリチュアリティと共に生きている者ではございますが、実のところ、ものすごーく俗世間に染まりきっておりますし、ネガティブなものはネガティブなものとして存在していてもいい、というか、そういうものもあるのがこの世の中、と理解しているつもりです。
で、心がネガティブ満載になってしまうことも、時々あってもいい、というか、それがごく自然なことだとは思うのですね。
つらいときに無理矢理前向きになれ! と言っても土台無理な話で、無理なポジティブ・シンキングは、後で絶対反動が来ます。
だから、つらいときはつらいと言ってもいいと思うし、そうなるのも仕方ないと言う考えです。

でも、ひとしきり、心にあるものを、お祈りとかを通じて、神様にお渡ししたら、あとは、自分で自分のもう片方の手をそっと暖かく握るように、あるいは、自分の両手で両頬をそっと暖かく包むように、自らの心に何らかの暖かなものをもたらしてあげることが大事だと思うのです。
例えば、それは、自分のために丁寧に入れたアップルティーでもいいし、のんびりお風呂につかることでもいいし。
何か励ましとなる本を少し読んでみるのもいいですね。
とにかく、何か、ネガティブな思いにどっぷりつかってしまったなら、それを上手に吐き出して(ひとに当たるのはいけませんよ)、後は、心のお手当てとして、ご自分に何か暖かなものをもたらしてあげていただきたいと思うのです。
そうすれば、あとは、その暖かな愛のエネルギーが徐々にでも、貴女を取り巻く全てに伝わってゆきますから。
そして、その小さなきっかけが、今後、更なる幸運を呼び込むことにも繋がってゆくのですね。

生きていれば、心がへこんだり、元気をなくすのは、ごくごく当たり前、自然なことです。
でも、そうなってしまったら、あとはいかに上手に立ち直るか、が大事だと思います。
そうしたときに、自分で自分を充電できるよう、自分のためのちょっとしたメニューを普段から考えておくといいですね。
わたくしなら、朝焼けを見る、とか、お散歩をする、とか、美術関係の本を読む、とか。
そうした自分に愛を注ぐ行為が、自然と、好循環を産み出していってくれるのだと思います。

どうか、どんなご自分も暖かく見守り、受け止めてあげてくださいね。
貴女を心から愛し、貴女の心を思うように満たしてあげられるのは、ほかでもない、ご自分の愛だけなのです。

どんなご自分も愛してあげてください。
それこそが、唯一の、神様へと至る本当の道、なのです。

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