明るく大胆に動くことが人生を変える鍵



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ここのところ、本気で、大きく人生を変えてゆきたい!! と思いつめてばかり、もうそれが沸点に達しているわたくしは、これまでいろいろと「学ばせていただいてきた」方々のことを改めて振り返ることが多いです。

古くは作家の故・宇野千代(うの ちよ)先生、イラストレーターでありエッセイストの中山庸子(なかやま ようこ)さん、作家の佳川奈未(よしかわ なみ)さん、特に若い女性に向けてのセルフラブについてのエッセイが大人気でいらっしゃる上原愛加(うえはら あいか)さん。

なんとかして、少しでも、夢を形にしてゆきたいわたくしとしましては、こうした「成功された方々」、特に書き手さんとなられるまでの道のりを公表しておられるような方が、非常にお手本となるのです。

そんな感じで、こうした方々がどうやって道を切り開いてこられたのか、そこのところにばかり注目してしまう今日この頃、です。

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何事も、どんな素晴らしく立派なことも、最初はごくごく小さな新芽のような存在ですよね。

一昨日、「うだうだデー」と決めて、おうちに籠って一日お仕事に没頭していたわたくしは(結局、うだうだ どころではなかった)、リラックス出来るおうち用の服装で居たのですが(ずぼらです (^^; )、
上から下まで(スリッパに至るまで)、まるで吉本新喜劇の全身黄緑の方みたいでしたので、母に冗談で「おい、新芽!」と呼ばれていたりしておりましたが(笑) 

ま、とにかくですね、どんなに素晴らしく立派なこと、壮大なことも、最初はごくごく小さなことから始まってゆくんです。

今、わたくしが熱心に見ているTBSのドラマ「天皇の料理番」に、主人公の兄役で出ていらっしゃる俳優さんの鈴木亮平(すずき りょうへい)さんも、NHK の朝ドラ「花子とアン」で主人公の夫役としてご出演されてから、随分と認知度が上がられたみたいですが、

この方のことが気になって、いろいろと調べておりましたら、かつては、わたくしにとっては(というか多くの女性にとっては、でしょうが)思わず赤面してしまうような、そんなお仕事もなさっておられたとのこと (^^; 
(※追記:この記事を書いてから、改めて、鈴木さんがご出演されたその映画について調べてみましたら、鈴木さんにとっては、その映画も決して「黒歴史」ではなかったとのこと。失礼いたしましたm(__)m)

この鈴木さん、インタビューを読ませていただいていても、プロ意識は相当なもので、今後、いい俳優さんになっていかはるやろうな、と、わたくしは楽しみにさせていただいているのですが、
(いわゆる「雰囲気美人さん」みたいな感じで、ものすごく美男子ではないけれど、でも、とっても素敵だと思う)、

とにかく、何事も最初はほんと、ごくごくささやかなところからスタートしてゆくんですよね。
そう思うと、わたくしも、その小さなきっかけをつかむことで、そこからまた成長してゆけるのではないか? と
(非常におこがましいかもしれませんが、あつかましいかもしれませんが (^^; )
そう思うのです。

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先の記事にも書きましたが、勿論、これまでだって何もやってこなかったわけではありません。

昨年の12月の初め、あの亜侑美さんにコンサルティングのお時間をとっていただいた翌日には、すぐ、とあるところに本の企画を送ったり、数年前は片っ端から様々な出版社様に本の企画を送ったりもいたしました。
昨年は電子本をまとめもしましたし。
そうやって少しずつ、ゆっくりとでも動いてはきたのです。

でも、勿論、そんな簡単に物事が成るわけでもなく。
だから、粘り強く努力を積み重ねてゆくしかないのですが、そこらへんの努力の密度がこれまでのわたくしには足らなかったのですよね。
密度というか、気迫というか。

昨日書いた記事にも、わたくしには決定打となるような努力が足らなかったし、気概も足らなかった、というようなことを書きましたが、
それは結局、自らが自らの夢を叶えるにふさわしい人物だと言う認識、それも自惚れに繋がるほどの、自負、と申しますか、そこらへんの自覚がまるで足らなかったのだと思います。

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そして、これまた、昨日の記事にも書いたことなのですが、
故・宇野千代先生にせよ、ドラマ「天皇の料理番」の主人公の篤蔵(とくぞう)さんにせよ、もう、こうした情熱の塊のような方は、気づいたときには既に駆け出していらっしゃるのですよね。

これについては、宇野千代先生が、そのご著書に詳しく書いていらっしゃることですが、
とにかく、何か思ったら、もうすぐに行動に移しておられる。
それくらいの大胆さがなければ、大きなことは成し遂げてゆけないのかもしれません。

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大胆と言えば、わたくしは昔から大胆で、度々周りの方々を驚かせてまいりました。

今でもよく覚えているのが、幼稚園の頃、園庭に、数人が乗って左右に動かすというか「漕ぐ」、上から大きな船のようなものがぶら下がった、大きなブランコのようなものがあったのですね。

それで、そのすぐ脇に、その囲いと申しますか、そんなものがあったのです。
それは、小さな低い鉄棒のようなもので、その支柱の真ん中ら辺に横棒が一本入っておりました。
(神社の鳥居みたいな形をしておりました)

で、わたくしはその上に、鉄棒に両腕の力で、ぐん! と飛び乗ったような形で乗っておりまして。
で、そのとき、ふと、鉄棒の前回りみたいな動作をしてみよう、と、なぜか、幼心に思ったのですね。

真ん中に横棒が入っていて、ぐるっとこのまま回ったら、ぶつかるかもしれない、とも思ったのですが、
アホかつ大胆な(?)わたくしは、「いや、ぶつかるかどうかは、実際前にくるんと回ってみやな、わからへん!」みたいに思って、そのまま上半身をぐるっと下に向けて、前回りをしてみたのです。

そしたら、当然のごとく(苦笑)、真ん中にあった横棒に思いっきり口をがつんと当てまして。
で、口の中を切り、泣き、その後、担任の先生にうちまでおぶってもらって帰り、母を呆然とさせたようなことがございました (^^; 
(当時、我が家は幼稚園から200メートルくらいの目と鼻の先にあったのです) 

このアホ極まりない記憶は今も鮮やかに胸の内にあって、あのとき先生がおぶってくださった、そのときに見上げていた曇り空も覚えていたりするのですが(多分 (^^; )、

とにかく――、昔から、わたくしは、なぜか、こんなふうに、「何事も、やってみやな、わからへん!」みたいなところがございまして。
そんだなから、きっと「はねっかえりさん」だったに違いない、あの宇野千代先生に憧れたりもするのですね(笑) 

で、今のわたくしに必要なのは、元来持っていたはずの大胆さを今一度取り戻すことではないか? と思うのです。

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過去には、おひとにびっくりされるようなことを平気で幾つもやってきて、まぁ、そのせいで、おひとにかなりご迷惑をかけてきたりもしたのですが、
でも、今はそれなりに歳も重ねたこともあってか、おひとにご迷惑をかけるような大胆なことはしないと思います
(過去に散々痛い目にあってきたので)、

でも、こと、自らの夢に関しては、かつての、この大胆さを取り戻してゆかなければならないのではないか? と。そう思うのです。

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わたくしが縮こまってしまったのは、2007年、サイキックに目覚め、心が導くままに動いた結果、とんでもないことをしでかしてしまい、ある御方にものすごーくものすごーくご迷惑をおかけしてしまったからでした。

今もあのときのことを思うと、もう、一生穴蔵に潜んでしまいたくなってしまいます。
わたくしの最大の汚点です。
そのことで、激しく自分を責め、随分と落ち込みました。

わたくしがここに「あくまでも一旦」帰ってきてから、延々と今に至るまで「浮上できないのは」、あのときの大きすぎる挫折が未だに尾を引いているからかもしれません。

本当にあのときのことは一生かかっても償えないとさえ思っているので。
それ以来、わたくしの大胆さはすっかりナリを潜めてしまったのですね。きっと。

――でも、そうした過去のひどすぎるほどの手痛い経験も踏まえ、今
後は、もっと物事を慎重に見極めつつ、
でも、本当に自分のために必要なことには、やはり大胆なチャレンジもしてゆかないと、と思うのです。

かつての、なんにも怖いものがなかった、あのときのわたくしのように。
そうしないと、一生ここで埋もれてしまう、そう激しく思います。

・・・

大胆さというのは、すなわち、情熱がゆえのこと、ですよね。

要は、そうした大胆な行動をもたらすほどの熱く激しい情熱があれば、人生、大きく変えてゆけるのではないか? ということ、です。

本気で、たった一度きりの人生を精一杯生きたいと願うのなら、心底そう望んでやまないのなら、
今一度、夢への情熱を呼び起こし、そこからもたらされるインスピレーションに従って、大胆に進んでゆくしか、今のわたくしには現状打破の方法がないような気がいたします。

そのためには、作家の佳川奈未さんがご著書に書いていらっしゃったほどの気概を持たなければ。
そして、わたしは必ずこの夢を叶えてゆける!! という強い自覚を持たなければ、と思うのです。

もう一度空を飛べる、夢に向かってゆける、そう強く強く信じて、GWが明けたら、心新たに動いてゆこうと思います。

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どうぞ皆様にとっても希望溢れる5月でありますように。
全てがよきに流れますように。

愛と真心と感謝をこめて。
God bless you!! :D

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