自信と謙虚さ

a0990 000841今だからこそ言えるのですが、わたくしはつい数年前まで本当に わたしが! わたしが! わたしが! のひとでした。
今でこそ写真を撮られるのがとても苦手で、先日お目にかかったコンサルティングの先生の「写真を撮ってもいいですか?」とのせっかくのありがたいお言葉にも、顔をひきつらせながら対応させていただいた、そんな小心者(?)です(笑)
(昔は写真に写るのも結構好きなほうだった (^^; )
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今や、ビジネス系のイヴェントなんかに参加させていただいても、すぐ皆さん、各自が写真撮影を始められるので、写真が苦手なわたくしは、もう逃げまくり。
でも、ま、冬はたまたま外出時にマスクをしていた、ということが多いこともあって、万が一(?)被写体として写っていたとしても、「ま、いっか」だなんて思っております(笑)
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そんなわたくしは、2007年サイキックに目覚めた頃なんかは、もう、 わたしが! わたしが! わたしが! の全盛期(苦笑するよりほかない (-_-;) )でおりました。
だから、あの頃の自分を振りかえと、もう、文字通り「顔から火が出る」思いです。
いい歳して「ただの お子チャマ 」に過ぎなかったのでしょう。
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――なんて書くと、「じゃぁ、今は少しは まともな人間 に なれたのか?」と聞かれると、どうもそこも怪しい(苦笑)
なぜなら、わたくし、おひとによってはとっても自信があるように見えて、でも、真実は、どこかとっても自信のない、というより、自信が欠落しきっているところがあるのですよね。
要は、おひとの何倍も承認欲求が強すぎる。
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おひとに認められたい!! って思いが強いっていうのは、結局はコンプレックスの塊、ってこと。
まぁ、それはほんと、未だに色濃く残っておりまして……。
あはははは(滝汗)
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その上、自意識過剰だったりするから、もう手に負えない(爆)
時々自分でも本当にどうしたらよいのか、思い悩んでしまいます。
まぁ、小さな自信、自分への信頼を少しずつこつこつと積み上げてゆくしかないのですがね。
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そんな、ダメダメなところがまだまだいっぱいあるわたくしですが、以前の わたしが! わたしが! わたしが! という部分は、これでも少しは ナリを潜め ました。
今でこそ、やっと、少しはおひとのお気持ちというものが汲めるようになってきたのではないか?、と、一応自分では思っているほうなので(と恐る恐る言ってみる)、
過去の 勘違い甚だしい頃の自分 を思い返すと、「顔から火が出る」どころか、「穴があったら入りたい」くらいです。
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そんなこともあって、昨年、実は、「数年前、自らの我が儘勝手でひどくご迷惑をおかけしてしまった方々」に、今更ながらだったのですが、思いきって――、どうしても改めてお詫びを申し上げたかったので、お手紙をお送りさせていただきました。
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そしたら、そのうちのおひとりの方が、すぐにお返事をくださいまして。
その方、なんとお返事くださったと思われますか?
あんなにも失礼極まりないことをしてしまったわたくしに対して、なんと、「今もわたしのことを思い出してくださって、本当にありがとうございます」といった意味のことを書いてきてくださったのです!
わたくしは、もう、そのお言葉を拝見して、卒倒する思いでした。
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その方は本当にお心のまっすぐな、おきれいな方で、だからわたくしはとてもご尊敬申し上げていたのです。
その尊敬の気持ちだけにとどまっていればよかったのに、「勘違い甚だしかったわたくし」はあろうことか、その方にとても失礼なことを勝手に一方的にお願い申し上げてしまったのでした。
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あのときのことは、本当に一生忘れてはいけないし、今後二度とそうしたことは繰り返してはならない、そう肝に銘じております。
そんなお恥ずかしい限りのわたくし、それも今更また自己満足のごとく(っていうか、はっきり言って、自己満足に過ぎなかったと思います…… (-_-;) )、一方的にお詫びのお手紙をお送りしたのに、
その方は「わたしのことを思い出してくださってありがとうございます」とおっしゃってくださった。
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この方のご性格を思いますに、それは決して嫌みなどではなく、本当に純粋にそう暖かく思ってくださったのだとわたくしは信じております。
以来、わたくしは何か腹が立つような出来事に遭遇する度に、その方のお名前を呪文のごとく唱えて、その方のようにあらねば、謙虚であらねば、と、自分に言い聞かせるようになったのでした。
(とは言え、もともとせっかちで短気なので、未だに、すぐ偉そうに ぷんすか 怒ってしまいがちですが…… (-_-;) )
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本当に自信のある方はとても謙虚でいらっしゃいます。
これは若かりし頃勤めていた塾でご一緒していた お姉さん がおっしゃっておられたことなのですが、そのお姉さんは、その塾に転職してこられる前、社会的に成功した方々が沢山集われたであろう職場にご勤務なさっていたのですね、だから、いわゆる VIPと呼ばれるような方々のことをよくご存じでいらっしゃいました。
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そのお姉さんはよくこんなふうにおっしゃったものです。
「うちださん、ほんまに偉いひとっていうのは、まさに “実るほど頭を垂れる稲穂かな” なんやで。ほんまに偉いひとはとても優しいし、みんなに丁寧に接してくれはるんやで」、と。
これはほんまやとわたくしも思います。
そういう意味でも、ほんまに偉いひと、ほんまに自信のあるひと、っていうのは、すごいなぁ、とつくづく思います。
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わたくし達人間は死ぬまで勉強、ですし、死ぬまで成長し続けてゆかなければなりません。
たとえ、歳を取って、衰えるばかりに見えたとしても、霊的にはどこまでもどこまでも「成長を続けてゆかざるを得ない」のです。
そう考えたとき、やはり、
●魂を高めるために、自分を信頼出来るような生き方を少しずつでも重ねてゆくこと、
そして、
●本当に揺るがぬ自信を身につけたいなら、身を慎み、謙虚であること、
この二つが大事なのではないかと思います。
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そうやって日々自分を鍛練し、努力を重ねてゆけば、たとえ途中どんな大きい試練に見舞われても、そうそう簡単に倒れたりはいたしません。
なぜなら土台が違うからです。
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どんなにご立派な方でも、本当にくるしいときは何かや誰かにすがろうとなさる思いも当然おありでしょう。
でも、きっと、ご立派な方は、そこをぐっと踏みとどまられて、ご自分が立っていらっしゃる、その土台からは逃げようとはなさらないでしょうし、
それまでご自分が積み重ねてこられた土台を何よりも信じておられるでしょうから、だから根底のところでは揺るがず、泰然といらっしゃることが可能なのではないかな、とわたくしは思います。
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誰に何を言われても揺るがない土台さえあれば、たとえ人生、嵐が来ようが、槍が降ろうが、大丈夫なのですよね。
自分の人生を支えるのは、ほかでもない自分自身です。
わたくしも未だ40歳を越えてもなお、まだまだ中身が本当に幼く、お恥ずかしい限りなのですが、でも、今お話しした、ご尊敬申し上げている方のように、本当の意味での自信と謙虚さを身につけるべく、これからも努力してまいりたく存じます。
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今回も最後までお読みくださいましてありがとうございました。
いつも貴女に光がありますように。
God bless you! :)

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