奇跡とは

奇跡とは、思いがけないときに、突然、思いがけない形で与えられる神様からのプレゼント。それは決して、求めて得られるようなものではないのです。
それは例えて言うなら、高い高い山を頂上まで登り切って、達成感で胸がいっぱいになり、晴れ晴れとした心持ちで夜空を見上げたとき、予期せず訪れる流星群のようなもの。だから、まずは、自分で出来るところまでベストを尽くし、それなりのところまでたどり着いて、自分の力を出しきって初めて――、そう、奇跡とは、「人事尽くして天命を待つ」といった状況のときに、神様が「偶然に」与えてくださる、「素晴らしい恩寵」なのです。
ですから、自ら奇跡を起こそう、などと思い上がったことを考えてはなりません。奇跡とは、あくまでも、偶然に、神様が与えてくださるものだからです。ひとの生き死に、ご縁と同じで、奇跡もまた神様の領域、範疇です。そこに人間であるわたくし達が関われると考えるのは、思い上がりです。
そうではなく、まずは自分で出来るところまで、心をこめてベストを尽くしましょう。やるだけのことをやって、その上で、あとは天にお任せしたとき、運がよければ、奇跡が与えられるでしょう。 奇跡を望むなら、まずはとにかく、わたくし達がなすべきことをいたしましょう。努力を重ね、結果は天にお任せして初めて、神様がよしとされたとき、奇跡は起こるのです。
(もし、どんなに頑張っても奇跡が起こらなかったからといって、神様に見放されたと考えてはなりません。神様には何か、わたくし達には計り知れない大きなお考え、神様にしかわからない大きなご計画がおありなのです)

・・・・・・などと、偉そうなことを、いけしゃあしゃあと書いておりますが(^^;
わたくしがこのような考えに至ったのは、弁護士さんでいらっしゃる増田英次(ますだ えいじ)さんの御本、『人生を変える 正しい努力の法則』(かんき出版 2014年)を読ませていただいたから、です。こちらの御本で、増田さんは、これまで歩んでこられたご自身の過酷な人生経験を通して得られたお考え、努力の大切さ、また、努力の意味について、書いていらっしゃいます。そうした貴重なお話を読ませていただき、このような思いに至った、というわけなのです。ま、半分以上は増田さんからの受け売りになってしまっているかもしれませんが・・・・・・(汗)
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