Dawn 夜明け ~もう、泣かない~

明るく前向き、芯は強くて頑張り屋さん。自分で自分のことをこんなふうに言うのもナンですが、わたくしにはこういった面があります。でも、その一方で、ものすごーく内向的で、ひとり思いをさんざんめぐらせがち、何かある度に、どうしても内へ内へと向きがちなので、思いつめると、すぐ「自家中毒」を起こしてしまう。それプラス、「今まで40年超生きてきて、わたし以上に泣き虫なひとに出逢ったことがない」というくらい、極度の泣き虫なので、すぐに泣いてしまいがち、です。ま、わたくしの場合は、思い溢れるとしょっちゅう、喜怒哀楽問わず、泣けて仕方がないので、うれしくても、感動しても、涙が止まらなくなったりするのですが。
咋年末、12月の大阪で、わたくしは、ずっとお逢いしたかったコンサルタントの先生に初めてお目にかかることが出来ました。そのとき、先生がおっしゃってくださったのが、(わたくしのブログを読んでいただいたことを踏まえて)「璃いさん、しょっちゅう泣いていますよね?(笑)」。つまり、「逢うと、こんなにも明るくて楽しいのに、どうしてブログではあんなに涙、涙、なのですか?」ということなのです。うむー。確かに。性格は明るくて前向きで、いわゆる「ぶっ飛んでる」面、多々あるのに、どうしても、ブログでは、自らの内面について徒然なるままに書くものですから、涙、涙、ど根性、がんばりまっせ! というトーンになってしまいがち、なのですよね(汗) で、先生にいただいたお言葉を胸に、わたくし、考えました。というより、先生とのお話の最後にいくつか課題を整理していただいて、そのひとつが「今後、ブログで涙は見せない」なのです。そして、読者の皆様に読んでいただけるだけで、明るく前向き、元気になっていただけるような、要は、先生とお逢いしたときのわたくしのキャラでコラムを書いてゆきましょう、ということになったのですね。そんなこともあり、こちらの「前向きエッセイ」シリーズ(サイトのページ「夢咲璃いの前向きエッセイ 2015」)を書いてゆくことになった次第です。
おやおや、せっかく、このシリーズの最初のエッセイですのに、長いことかかって、このシリーズをどうして始めるにいたったか、のご説明になってしまいましたね(汗) でも、これも大事なことだと思いますので、まぁ、ご理解くださいませm(__)m とは言え、昨年流行った「アナ雪」ではございませんが、「ありのままのぉ~♪」のわたくし、璃いは、やはりどうしても内向的なところがあるのは否めませんので、そうしたテイストがすっきりとなくなるわけではないと思いますが。
でも、以前、わたくしが勝手に生涯の師、と心に決めている先生とお話ししていたときも、「どうも、やっぱり、璃いはネガティブに物事をとらえがちなところがあるわ」とおっしゃっていただいていたこともあったし、やっぱり、これは意識して、ポジティブに、楽観的に物事を考えてゆけるよう、訓練せねばなりませんなぁ、とは思っております。というか、わたくしの場合、単純にネガティブ、というのではなく、それはそれはとても根深い、霊的なレヴェルから生じている「誠に深いネガティブさ」なのであって、これは、以前、他の記事にも書いたことがございますが、大昔にある国の王だったときに、自らのせいで、その国を滅ぼしてしまったことあって、それ以来、延々、何千年も続いている、後悔と自責の念から来ている「ネガティブさ」なのですよね。でも、それも、昨年の11月に、当時わたくしが王だったときに側近中の側近としてお仕えくださった方と、運命的に再会いたしましたこともあり、いつまでもそのときの失敗が……などとは、もう言えなくなりました。だから、今こそ、その何千年も脈々と背負い続けてきた「負け犬根性」を叩き割るべきとき、なのですね。
というか、それをしないと、このお仕事はちゃんとやってゆけない、そう思います。そんなこともあり、今年の目標のひとつに、「理想の暮らしを実現している大切なひととして、自分を扱う」というのを挙げました。要は「プリンセスのように暮らすことを心がける」というものです。(「あんたのどこがプリンセスなんじゃい?」と突っ込まれそうですが、そこはご容赦を。あくまでもメンタル的なものですから(笑))そして、もっと自信をもって落ち着いて、いつも振る舞えるように、って。何千年もの間、霊的なレヴェルにまで深く染み込んでいた「自分は取るに足りない」という固い信念を打ち砕くこと。これが今のわたくしの最大の課題です。
今、ちょうど、サイキックに目覚めてから、まる8年続いた、ひとつのサイクルがようやく終わった、という感があって、これから先、また新しい階段をのぼってゆかなければなりません。そして、そのために必要なのが、古代、とある国の王であったときに自ら招いた破滅がゆえ背負ってしまった深い自責の念をぬぐい去り、霊的なレヴェルから新しく生まれ変わって、神の子、神の国のプリンセスとして、誇らしく立派に生きてゆこうと努力してゆくことだと思うのです。
聖書では、神様は絶対にわたくし達をお見捨てにはならない、と3回も繰り返されています。たとえ、わたくしが王であったときに、とんでもない大失敗(実際にそうなのですが)をしでかし、一族のみならず、国の民にまで混乱と困難を強いたのだとしても、それでも、神様は今、わたくしに、そのとき失った自らへの誇りと信頼を取り戻すチャンスをくださっていると思うのです。そして、それは、今回の人生、神様から与えていただいた夢を立派に最後まで貫くことによってのみ叶えられると、わたくしは信じます。
何やら、ネット用語で言うなら「電波」感、甚だしい文章ではございますが(苦笑)、これが今のわたくしの紛れもない、正直な思いです。ものすごく泣き虫のわたくしは、これからも度々、いえ、しょっちゅう、何かある度に泣くのでしょう。でも、もう、人生がうまくゆかないことに地団駄踏んで泣くことはしないでおこう、そう自らに約束します。どんなときも神様への愛と感謝を忘れず、ベストを尽くし、本当に本当に大切なもの・こと・ひとについては、どんな可能性も絶対にあきらめない。そして、出来るだけ、明るく前向きに、楽観的に物事を考えてゆこう。この生き方を最後の最後、息を引き取る最期の瞬間まで貫いてゆきたいです。
新しい年、2015年がスタートしました。今年は、わたくしにとっては、言わば、「サイキック璃い 2.0」とでも言うべき、新しい人生の幕開け、です。これから新しく始まるストーリーがどんな出来事をもたらしてくれるのか、とても楽しみです。(もちろん、それと同じくらい不安もあるけれど)どんなときも笑顔を忘れず、明るく前向きに。勇気と、自分を信じる、という意味での「自信」をもって、これからもわたくしはわたくしの道をしっかりと歩んでまいりたく思います。

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