価値観にもとづいて行動する社会起業家にとって、もっと も大切な説明責任は、内的なものだ

価値観にもとづいて行動する社会起業家にとって、もっとも大切な説明責任は、内的なものだ。ビジョンに忠実か? 現実に対処しているか? 現実とビジョンを結びつけているか? 言ったことを実行しているか? 何か変化しているか? 何か創発が起きているか?――これらは主観化された問いとなり、激しく、間断なく自問される。
だからといって、そういう問いを発するのが簡単なわけでも、答えに対峙するのが簡単なわけでもない。自分が正しい道にいるかどうか知るには勇気がいる。本物の変化の可能性について思い違いをしていないかどうかを直視するとなれば、なおさらだ。そのような執拗なまでの問いかけには、ソーシャルイノベーションの影の部分、絶望が潜んでいる。「冷たい天国」で、イェーツは人生で過ちを犯し、機会を逃してしまったみずからの後悔と格闘する――自分自身に対する説明責任だ。
そうしたなかで、発展的評価は、まず何よりも、ストックデールの逆説を生きるうえで役立つはずだ。粘り強く日々の現実に適応しているときでも、「かもしれない」をめざすビジョンに対する自分自身の信念を、再確認させてくれるのだ。

『誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる』
(原題 ”GETTING TO MAYBE: How the World is Changed”)
フランシス・ウェストリー( Frances Westley ),ブレンダ・ツィンマーマン( Brenda Zimmerman ),マイケル・クイン・パットン( Michael Quinn Patton ):著 東出顕子(ひがしで あきこ):訳
英治(えいじ)出版 2008年 213ページより

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