誰かを真剣に愛せるということ、ましてその相手からも真剣に愛されるということ 、それは奇蹟なのだ

この十日間、毎夜のように食事を共にし、ナイトクラブやダンスホールで二人の時間を過ごしている。だが、夏方震はキス以上は進もうとしない。昨夜はあのパラマウントで踊ったというのに。
「まさか。奇蹟の時間を楽しんでいるんだよ」
夏は多江子の手を取って唇を押し当てた。
「奇蹟?」
「そう。まさに奇蹟だ。この年になって、もう一度真剣に人を愛せた。そして、その人も真剣に私を愛してくれる。もうすぐその人のすべてが自分のものになる。その日を待つ喜び……こんな時間は、もう人生に二度と訪れない」
この人の言う通りだと思う。誰かを真剣に愛せるということ、ましてその相手からも真剣に愛されるということ、それは奇蹟なのだ。

『月下上海(げっかしゃんはい)』
山口恵以子(やまぐち えいこ):著
文藝春秋 2013年 188ページより

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