川は必ず海に注ぐ

夏方震は多江子を忘れてはいなかった。変わらぬ想いを抱いていた。そのことが絶望から救ってくれた。死がすべてではないと思う。死によってさえ堰き止めることの出来ないものが、人にはあるのだ。
子供の頃、多江子は生と死を、この世とあの世と思っていた。自ら命を絶とうとして生還してからは、川の両岸と思うようになった。そして戦争を経験した今は、川と海のように思っている。川は必ず海に注ぐ。多江子もいつか、夏方震の元へ流れ着くのだ。

『月下上海(げっかしゃんはい)』
山口恵以子(やまぐち えいこ):著
文藝春秋 2013年 247ページより

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