今だから、この人に恋が出来たのだ

ああ、どうして人生の最初にこの人と出会えなかったのだろうと、多江子は思う。そうしたら幸せになれたのに。自分の醜さに気付かないまま人生を終えられたのに……。だが、もうそれは考えるまい。人生の最初にこの人と出会っていたら、きっと尊敬だけで終わって、恋はしなかった。今だから、この人に恋が出来たのだ。そう、今だからこそ……。

『月下上海(げっかしゃんはい)』
山口恵以子(やまぐち えいこ):著
文藝春秋 2013年 189ページより

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